経営の戯言

経営に関する戯言をつらつらと

人事は保健室であれ

人事は組織にとって最も重要なセクションであるにも関わらず、事業の業績が右肩上がりの場合は最も軽視されやすいセクションでもある。今も昔も、組織を測るのは人でしか無い。

 

かくいう私も長い期間、人事という専門職をおかずに役員が人事を兼務するという期間を過ごしていた。今ではそれを非常に後悔している。もっと早くに人事の重要性に気づけていればもっと早くにスケール出来たはずだからだ。

 

そんな人事経験者からすると、最も大事なのは媒体毎のテクニカルな利用方法や返信の素早さなんかなどではなく、イメージだと思うのだ。人事を完全に引き継ぐ際に私は一言だけ彼女(人事責任者)に伝えた。

 

堤防をつくるときは、水の逃げ道を設けておく必要がある。逃げ道をつくっておけば、そこから水が流れ出ていくので、堤防が決壊するとはない。けれど、逃げ道をつくっておかないと、しだいに水が溢れ出し、堤防が壊れてしまう。部下を叩くときも同じである。逃げ道を用意しておかないと、相手は追い詰められて、窮鼠猫を噛むことになる。

 

これこそが私が最も大事だと思う人事の仕事である。これは私の言葉ではなく、どこかの書籍の拾いもの(出典を忘れてしまった)だけれど、このイメージは私の中で小学校、中学校の保健室なのだ。

 

高度な知識労働になればなるほど、上司やノルマのプレッシャーは強くなる。マジメであればマジメであるほどそのプレッシャーを真に受けてしまう。それは強烈だ。だからこそ、人事は保健室であれ。と思うのだ。

 

組織の中に保健室を持っている企業こそが良い企業ではないか?と思うし、良い組織は必ずと言っていいほど保健室の機能を持った何かがあるのだ。

 

 

 

元一流プレイヤーの社長が運営する企業が中規模で頭打ちになる3つの要因

中規模とは10名~30名以下の規模を指してます。30名の壁、は確かに存在してます。その壁を打開するかしないかは500%創業社長にかかっていると言っても過言ではありません。

 

複数の企業を見ながら私が出した「元一流プレイヤーの社長が運営する企業が中規模で頭打ちになる3つの要因」は以下です。

  1. 現場のことがよくわかるから逐一口出ししてしまう
  2. 問題が発生すると現場のことがよくわかるから介入してしまう
  3. いつまでも’現場のことを一番わかってる’と勘違いしてる

如何に現場に任せることが出来るか、それが30名の壁を超える必要最低条件です。そのためには明確な価値観の共有と仕組みづくりが必要不可欠ともいえますね。

自由(裁量)とルール

人は元来自由を欲しがる。それはいつの時代でも同じだろう。こと、SNSが普及し、さまざまな情報が嘘偽り無く取得できてしまう昨今では尚更である。隣の芝生はいつまでたっても青いものだ。

そんな中で、「従業員に自由を与えたほうがいいのか?」という相談を多く受けるので書いておこう。

結論から述べてしまうと、組織運営において自由(裁量)とルールはセットである。自由には責任が伴う。ルールなき自由はほんとうの意味での自由ではなく、それはマネジメントの怠慢が招いた結果なのだ。

覚えておこう。自由(裁量)とルールはセットで初めて効力を発揮する。

外注は裏切らない

数年ぶりに税務調査が来たんだが、予定を大幅に短縮して3日の予定がほぼ1日で終えて帰っていった。なんせ我が社はホワイトなもんで、叩いたところでホコリも出なければ手土産もあげられないのだ。

いろいろと調べ終わって何も出ないのをわかったのか、小一時間くらい話があるということで席につく。数十億規模の企業としての管理部門の弱さを指摘され、未来の方針をプレゼンさせられたのだが、こちとらどうも納得がいかないので書いておく。

我が社は管理部門が確かに弱い。いや、弱いというより無いに等しいのだ。50名ほどの規模の組織で経理はいないし人事もいない。総務が1.5名、あとは役員がそれ以外のものを受け持つ。でも、それでよいのだ、まわるのだ。
※人事がいないことで成長速度が遅くなっていることに気づき、現在改善策を模索中ではあるけどね。

じゃぁどうやって組織を回しているのかだが、うちの場合は超絶優秀な税理士、超絶優秀な弁護士、超絶優秀な社労士、超絶優秀な経営コンサルと連携している。私は経理が苦手(大雑把なので)だし、労務も弱い、法務関連も線引くらいしかできないし、元々は経営を細かく指導されたわけではない。プレイヤーあがりの経営者なんだから仕方がない。ただし、全方位で鼻は効く。

餅は餅屋だ。自分の苦手な分野はその方面のプロフェッショナルに任せてしまえばいい。そしてこれにはもう1つ大きな意味がある。

外注は裏切らないのだ。

その仕事を好きになる努力はしたのか?

仕事を好きになれないという人がいる。勿論、生活のために割り切って働いている人もいるだろうから、それ自体を否定するつもりはない。ただ、一言言いたい。

 

「その仕事を好きになる努力はしたのか?」

 

生活の為、ローンの為、家族の為、いろんな働く理由があってもいい。ただ、どうせ働くのであれば、その仕事を好きでいることこそ最大のパフォーマンスを出すことができる源だし、好奇心こそが最高のモチベーションに成り得るはずだ。だからこそ今一度問いたい。

 

「その仕事を好きになる努力はしたのか?」

この問いに即答できるようになろう。

 

 

 

強い経営者、すごい経営者の見極め方

強い経営者、すごい経営者とはどういった人なのか?その問いに私自身、明確な答えを持てないでいた。しかし、ここ数ヶ月でおおよそのあたりが付いてきたので書き留めて置こうと思う。

 

まず、”強い・すごい”の定義だが、これは決して企業の規模でも売上でも従業員の数でもない。”ぶれない経営者”が”強い、すごい経営者”だと定義する。

 

ぶれないとは何か?企業を起こした目標、目的、やりたいことなどが終始一貫しているということだ。いうなれば、それがその企業のルールになる。本当の意味で、企業のルールを作れるのは経営者のみだ。だからこそ、その経営者がぶれないのは企業にとってもっとも不可欠な要素と言えるだろう。ルールがコロコロ変わってしまう企業ではそこの従業員は生きにくくなってしまう。水槽の水を頻繁に変えてしまってはそこにいる魚達はなかなか順応出来ないのと同じだ。

 

ルールは企業によってさまざまだ。例えば「家族のような会社にしたい」だとか「この事業を広めなければいけない使命感」だったり、「日本を再度復興させる」だったり、それは実はなんでも良いのだ。ただ、そのぶれなさがあれば、そこに共感し、人は集う。半ば必然的に。そのルールの中であれば、また、そのルールを助長する事業であれば、それは実はなんでも良いのだ。

 

根本的な価値観、使命感、思考、思想、それがぶれない経営者がいる企業は強い。ぶれない経営者は、その下について指揮を執る幹部、働く従業員にとっても絶大な安心感と安堵感をもたらしているのを目の当たりにする。

 

もし、あなたが転職に迷っていたり、これからどういった企業にしようかと考えているならば、ぶれない経営者かどうかを見極めてみてはいかがだろうか?

 

 

 

追記

「うちの社長は言っていることがコロコロ変わって困る。ブレてる」という愚痴が聞こえてきそうだが、それは少し違う。経営者の視座と従業員の視座は天と地、月とスッポン、霄壌の差、天国と地獄。それほど乖離しているのだから理解できるわけがないのだ。いっていることがコロコロ変わったり、やることが変わったりすること自体は悪ではない。繰り返しになるが、根本的な価値観、使命感、思考、思想がぶれないことが最も重要なのだ。

売上よりも利益率・利益の絶対値を常に意識している経営者がいる企業は強い

全ての企業がそうだとは言わないんですけれども、ここ数ヶ月、非常に多くの経営者にお会いする機会がある。その中で、強い企業とそうでない企業を見極める一つの手段を見つけた。

それは、売上だけを伸ばそうとする経営者がいる企業は相対的な競争力を失っていく傾向があり、売上よりも利益率・利益の絶対値を常に意識している経営者がいる企業は非常に強い。そんなイメージがある。当たり前ではあるんだけどね。経営者は見栄との戦いも常にあるわけで。

スタートアップのような企業に関しては前者には当てはまらないので見極めには要注意だし、後者の企業で利益率・利益の絶対値ばかり気にすると個人商店を抜け出せないので、それには注意が必要だ。だからその折衷案というか、成長のロードマップをしける人は地方には多くないのは言わずもがな。

勿論、経営者の好みのスタイルといえばそれまでなんだがね。

つまり私が何を言いたいのかというと、経営者は自分がどういった組織を目指しているのかを常に明確化しておかないと、採用のミスマッチが起こってしまうということだ。そのミスマッチは双方にとって不幸しかもたらさない。